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友達との再会(お誕生日編)
2009-09-17 Thu 21:18
先週末のこと


大切な旧友MッチとKちゃんが遊びに来てくれました。
CIMG31701.jpg



Mッチとは小学2年生の運命的な出会いから中学校卒業まで毎日登下校した仲。
時にはカッコいい先輩を追いかけたり (ストーカー 笑)
時にはたこ焼き屋さんに寄り道したり
オトナになってからは、ルームシェアして共同生活をしてました。

辛くて苦しくてへこたれそうな時、一緒に泣いてくれた、時には背中を押してくれた大切な存在。


Kちゃんとは専門学校の同期で
就職して何年も経って住む土地が離れても、年に何度かは集まり、
歳のことななんか忘れてぱぁっと遊べる腐れ縁。
Kちゃんといると
何にもない村の風景も 雪山の中も 
 笑いの渦が生まれる そんな大切な友達。



そんな2人がはるばる大阪からやって来て

私の29歳の始まりをともに過ごしてくれました。

「住んでるとこが見たいから」とまるで保護者のように、北京在住者でもなかなか来てくれない石家荘にまで寄ってってくれました。




北京では河北省に住む友達も来てくれて「オメデトウ」と伝えてくれました。


石家庄に帰ると友達が円卓を囲んでお祝いしてくれました。


同僚が携帯にメールをくれました。


家に帰ってPCを開くと 日本で待ってくれてる友人達からのメールが来ていました。


大切な人が電話をくれました。



CIMG3261.jpg



ありがとう。

29歳のはじまりは
幸せです
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友達との再会(専門学校編)
2009-09-17 Thu 21:15
さて 続いては

専門学校の同級生であるY内夫妻&K内さんが北京に訪れてくれました。




Y内夫妻には就職してからもよくお世話になってたものの

中国行きが決まった時

「なんでまた中国なん?あーチリ(←第一希望)かヨルダン(←第二希望)やったら
ゼッタイ遊びに行ったのに。ま、2年後日本で会おうや!」

とスパッと潔く言われたもんだから

まさか、来てくれるなんて思いもしなかったんだけど



「休みがちょっとしか取れなかったから北京でも行くかーと思ってたところ、そういえば
ちゃえのこと思い出した。」


なんて8月半ばに唐突に連絡があったのです。


ま、そっけないとこは愛情の裏返しだと思ってるけどね 笑)




そして土曜日の夜はみんなで北京ダック。

北京在住のお友達が在住者しかゼッタイ行けないような穴場有名店を教えてくれて

総勢12名(?)で囲んだ北京ダックは美味しかったー。

やっぱ中華は大勢がいいです。

付き合ってくれた皆様、どうもありがとう。


日本から来た3人は、まさかこんな人数でご飯食べるとはー と中国的な風景にはじめはオドオドしていたものの、楽しんでくれて良かったー



翌日は、万里の長城ハシゴプラン。

八達陵と司馬台という2箇所を1日で周るという超過酷プランをやってのけたそうです。


しかしながらこの週末、雨は降るわ、ありえないぐらい寒かったー

長城付近では氷が降り出したそうです。


今度来る人はできれば長城一箇所にすることをおススメします。(司馬台が良さそう)




Y内氏は、中国に2回訪れたことがあって

1回目は7~8年前の北京。

その街の発展だけでなく、街行く人の親切さや、若者が接客時ハニカむことに驚いてました。


自分勝手なことを言わせてもらうと、

北京市内の四合院っていう昔ながらの風情ある家がどんどん取り壊されてて

都会の中にある庶民的な部分がどんどん減っていくのはもったいないなーって思ってたけど

こういうサービス的な心が生まれるってのは素晴らしい変化なんだと感じました。




中国という国を、また新鮮に感じることができたいい機会でしたー

日本からきた皆さん、ありがとう。


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友達との再会(高校編)
2009-09-15 Tue 21:32
8月末

高校3年生の時の同級生である癒し系2人がきてくれましたー


1人は結婚して普段は仕事と主婦両立で頑張ってて
1人は私と同じ独身だけどリッチな独身貴族(?)の方で

2人で忙しい合間を縫って2泊3日プランで来てくれたのです。


泊まったのは 


ヒルトン北京!!


貧乏協力隊員には無縁な場所なので
タクシーのおっちゃんになかなか中国語発音が通じず3回目の正直でやっと伝わりました(笑)



そして観光案内。

鼓楼付近をうろうろして、その後 天安門見て、前門行って・・・

と考えていたものの



「10月1日、創立60周年を目前にして、週末パレードの練習のため、
 天安門付近の道路及び地下鉄封鎖」


なんじゃそりゃ!!


というわけで、有無を言わさず地下鉄も止まっており、バスもルート変更
タクシーも行ってくれません。



政府の力ってすごい。




というわけで、せっかく来てくれた2人に見せて上げられず、残念な思いをしました。


でも2人に会えて、睡眠時間を削りながらも夜中に懐かしトークができて
高校時代に戻った気分でした。
要所要所に結婚とか結婚した人のリアル生活話を聞いて、ああ、もうそんな歳なんだなと
現実に戻ることもありましたが。


P8294291.jpg


来てくれてありがとう。

エネルギーがさらに貯まりました。





(→専門学校編につづく)
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友達との再会(緑化編)
2009-09-10 Thu 01:31
もうだいぶ前のことになるんですけど・・・・

ここらへんから振り返ろうかなとふと思ったので。



あれは4月の頭の話。

河北省豊寧自治県っていう、同じ河北省でもどこーーっていう所で緑化ツアーがあると聞いて

3月末で仕事を退職するときいた親友に、もしかしたらこのタイミングで中国来たらおろいんちゃうん
っていう軽はずみなノリでしかも2週間ぐらい前に唐突に聞いてみた。

「行こっかな」

と期待以上に軽快な一言で返してくれた親友37

P4052626.jpg





これは8月半ばの話。

今度は内モンゴルでまたやるらしいよ。

もうひとりの親友にも一声かけてみたら

「そのタイミングなら行けるかも」

そうして仕事の合間を縫って準備周到、はるばるやって来てくれた親友Saelatta.

P8164085.jpg





2人とも、専門学校で運命的な出会いを果たした共通の友達で

一人一人性格はまるっきり違うんだけど

なぜか同じオーラをかもしだしているとよく言われる。



それは

満天の星空を見て笑いが止まらなかったり

深夜に麻紐を見つめて あーでもない、こうでもないって編み方を考えていたり

カメラを持って勢いよく走り出す瞬間が同じだったり

そういうことなんだろうな。




大好きな2人が

同じことに興味を持ってくれて

ここ中国で再会して

奥地まで足を運んでくれて

現地の人と言葉だけじゃないコミュニケーション手段で触れ合ってくれたことが

すごく嬉しかったんです。


エネルギーをたくさんもらえました。


ありがとうねー。


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リハビリのこと。
2009-09-08 Tue 20:14
春~夏にかけていろいろ周った各地のこと

友人の来訪

いっぱい伝えたいことあるんだけど写真もろくに整理できてない状態です。。



そんな状況ですが 季節はすっかり秋。

っていうかすでに肌寒いんですけどー・・・


去年日本から持ってきたお気に入りのトレンチコートとGジャン。

まだクリーニングの袋かかったまま、一度も袖を通していない。

そう、ここに来て気づいたこと。

石家荘市(北京も含む)には、春と秋がナイ!!!!

ああ、このままヌアンチー(室内暖気)が入るまで耐えしのぐ季節がまたやってくるんですねー・・・・

今年はゼッタイGジャン着るぞ! 笑)



そんな気候の移り変わりが激しい石家荘。

私事ながら 私の心も今は暴風域ですがそれはまたの機会に 笑)




✪ฺ✿ฺ ฺ ☀ฺ☂ฺ ☁ฺ ฺฺ☪ฺ ✪ฺ✿ฺ ฺ ☀ฺ☂ฺ ☁ฺ ฺฺ☪ฺ ✪ฺ✿ฺ ฺ ☀ฺ☂ฺ ☁ฺ ฺ




今日嬉しかったこと


患者さんが、ご飯を自力で食べられるようになったこと。

それを満面の笑みで見せてくれたこと。

SANY31.jpg




日本だったら、障がいが残ってしまってもう元のように動けないとしても

例えば脊髄損傷で歩けなくなっても改良した車で街に出て行こう、とか

福祉機器とかを使って何とか自分で動けるように、生活を広げていけるようにっていう

考え方が一般的に広まっている。


でも、ここ中国では、なかなかその考えに至らないのが一般的で

肩が上がらないから食べられない、とか

かわいそうだから家族が手伝うのが当たり前、だとか

家族が多いんだから自分でやらせなくても大丈夫、だとか

リハビリっていうのは生活を再び営むためのものじゃなくて

関節が一ミリでも動くように、筋力がちょっとでも正常に近づくように、っていう風に

身体の回復のことばかりを優先していることが多いんです。(治療師も家族も含めて)


だから 患者自身が自分で自分の生活を営むために、障害の回復だけにこだわらず、環境を工夫して生活自体の練習をすることがいかに重要かを訴えてもあまり手ごたえがなく

撃沈することもよくあるんです・・。




だから 今日みたいに

たとえ関節が最後まで曲がらないとしても、

筋力が弱くて腕が上がらないとしても、

「ご飯が食べられるようになってよかったー」って

患者さんが笑って自宅に帰っていってくれることがあったら


ああ、出会えて良かったなあって


しみじみ思うのです。



ああ、なんか前もこんなことあったな、

凹んだり喜んだり日々繰り返すばかり。


それでも、10年前に会った日本人がこんなこと言ってたなーって

片隅の記憶に残っててくれたらいいやーってスタンスで

明日も頑張ろう。



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 青年海外協力隊活動記 in 中国 
 
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